猫の空論◎NECO_no_KoolON

猫と暮らしています。

はじめに

ゴエモンとシナモンは私が12歳の夏に我が家に来た。

まだ目も見えないうちからミルクを飲ませて育て、ゴエモンは17歳で、シナモンは20歳でこの世を去ったときも最期を看取ることができた。

この子たちがいなかったら、私は救いようのない暗く冷酷な人間になっていたかもしれないと考えることがよくある(じゃあ今の私は非常に明るく慈愛に満ちた人間なのかというと、誓ってそんなことはないです)。
現在はリュックとウェイという2匹の猫と暮らしているが、ゴエモンとシナモンのことを忘れたことはないし、実際4匹の猫と一緒に暮らしているような気がするときもしょっちゅうある。別に幽霊がいるっていうわけじゃないです。

ということで、写真は変色し、色褪せてしまっているけれど、私の中では鮮やかに生き続けているゴエモンとシナモンの思い出を記していきます。

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photo by くろ

猫飼いまでの受難

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なぜ、猫を飼うことになったのか、というと。
こういうわけであった。

私は赤ん坊のころから犬が大好きだった(猫も好きだったが)。
そう、犬。
生まれて初めて発した言葉は「ワンワン」であり、長じるにつれ犬が欲しくてたまらなくなった。
しかし、私は生まれも育ちも公団の賃貸集合住宅である。3階建ての3階に住んでいた。当然、犬猫を飼うことは禁止されている。なので、うちでは金魚とか小鳥とかカメとかザリガニとかオタマジャクシとかを飼うのがせいいっぱいだった。
小学校の2年生のときには、ノラ(たぶん)の子犬をベランダにつれこみ、親に内緒で飼おうとしたが、その夜にすぐに見つかってしまった(あたりまえ)。
それから数年がたち、犬を飼うことは半ばあきらめかけていた11歳のある日、なんと、公団を出て家を買うことになったのであった。 おお、これで犬が飼える! 父も大の犬好きである。庭付きの一軒家に日本昔話に出てくるようなちょっと大きめの茶色い犬! ああ、お父さんの好きなシェパードでもいいな! あふれる期待! 犬との至福の生活! 私の胸は喜びでどんちゃんさわぎになった。

が、しかし。母のわがままにより、買う家というのはマンションになってしまった。昔のことであるから、当然、犬猫を飼うことは禁止されていた。
ああぁ、なんという悲劇。もはや永遠に犬が飼える日は訪れないのであろうか。

悲嘆にくれたまま、小学6年の夏休みになり、新しいマンションに引っ越した。 まだ住人は少なかった。 そして数カ月がたち、私は目撃してしまったのだ。西棟の2階のおばさんが、2匹のポメラニアンを抱いているのを。
これは、どういうことだ? よくよく観察してみると、他にもマルチーズやらヨークシャーテリアやらを飼っている住人がいるではないか。管理人さんだって気がつかないはずはない。 そこで、「私は、こ・ど・も。だからずうずうしく他人の事情を嗅ぎ回っても大目に見てねん」と自分に許しを乞うて探った。
その結果、みなさんは「自分の持ち家なんだから、他人に迷惑をかけさえしなければ犬を飼ったって文句ないでしょ」と思っていらっしゃるということが明らかになった。なるほど、そういう考え方もあるのか。 その新たな哲学(そんなたいそうなものか?)が、じきに12歳になろうとしていた少女を、狡猾な女に変えてしまうことになるとは、いったい誰が予想できたであろうか 。

狡猾になった私は、両親を脅迫した。
その内容は「マンションでもみんな犬飼ってるじゃん。ずっと鍵っ子一人っ子でさみしかったんだから責任とってよ! 犬がダメなら兄弟飼ってよ! じゃなきゃグレてやる!」とゆーよーなどーしょーもないものであった。ちなみに当時は手乗りの白文鳥、ルビーとルルを飼っていたため、当然母は「ルビーとルルがいるでしょ」と反撃。そこで私は「小鳥じゃ抱きしめらんない!」と抵抗。しかし母は「犬はこわいからイヤよ」という。「じゃあ猫!」というと母は「私、猫こわいからイヤよ。おじいちゃんが、猫は魔物だって言ってたのよ」とのたまう。父は父で「犬がイイ」という。すると母が「小さい犬ならあんまりこわくないかもしれないわね」という。「座敷犬はイヤ。大きいのがいい! じゃなきゃ猫!」と私。「猫はヤダ。座敷犬もヤダ。シェパードがイイ」とクールダウン父。まったく収集がつかんではないか。

ああ、もう! こうなったら残る手はコレしかない。必殺大声泣きわめき攻撃だ。などと冷静に考えられるハズもなく、頭に血がのぼりきった私は自分でもわけもわからず、泣きながら大声でわめきまくった。
自分で言うのもナンだが、子どもの頃の私は非常に聞き分けがよく、強行に何かをねだるということもなく、優等生で、まったく自立しているように見える立派な子どもであった。その私があの剣幕で泣きわめいたものですから、さぞかしご両親はびっくりなさったのでございましょう、何やらわからぬうちに「猫を飼ってもいい」という許可がおりまして、沸騰した私の頭も徐々に冷めていったのでございます。

そして、翌日から、晴れて養猫探しをはじめることになったのでありました。めでたし、めでたし。
          <完>

photo by くろ

養猫をもらう

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中学1年の夏休みを目前にひかえた7月半ば、母の友達から「知りあいの家に生まれて間もない子猫が5匹捨てられていた」という情報が入った。
養猫探しを始めてから早半年。そうそう子猫が落ちているわけもなく、ペットショップにも足を運んだりしているところだった。猫は天下の回り物。捨てられる猫あれば拾われる猫あり。物質連続帯は猫連続帯。当時の私の頭にはそんな言葉は思い浮かばなかったが、何十年も後にそれらの言葉を噛みしめることになる。

さて、さっそくその捨て猫と対面することになった。子猫は5匹いた。白地のサバトラ、白地の茶トラ、耳と尾が茶色い白猫、そして三毛猫2匹だ。子猫は猫には見えなかった。今だったらジャンガリアンハムスターみたいだと思っただろうが、当時はそんなものはいなかったので模様つきのハツカネズミみたいだと思った。ちなみに母はブタの赤ちゃんに似ていると言っていた。
とりあえず、母と、母の友達の知人とともに子猫たちを動物病院へつれていった。獣医さんが言うことには、子猫はせいぜい生後10日かそこらでまだ目も見えてない。小さすぎてまだはっきりとはわからないが、たぶん5匹のうち3匹が♀で2匹が♂であろう。また1匹だけにすると体温が下がって死んでしまうかもしれないということだった。
で、2匹もらうことにした。動物病院で注意事項を聞き、子猫用の粉ミルクと哺乳ビンと育猫書とを買って帰った。

いよいよ、子猫を2匹だけ選ばねばならない。
あらためて子猫たちを見た。5匹のうち3匹はスヤスヤと眠っていた。1匹はとりわけ体が小さく今にも死にそうな感じだった。もう1匹は他の4匹の上を元気にはいずりまわっていた。すぐに決まった。元気にはいずりまわっている子と、今にも死にそうな子だ。この組み合わせなら命のパワーがプラマイゼロになってちょうどよくなるんじゃないかと思ったのだ。
子どもらしいおバカな考えだが、実際、ちょうどよくなった。それに両方♂だと言われていたので避妊の心配もないと思った。子どもらしくない非常に論理的で合理的な考えだが、実際はそううまくはいかなかった。

ま、とりあえず、こうして2匹の子猫はめでたく我が家の養猫になりました。


photo by くろ

命名

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2匹の子猫が我が家の養猫になったときには、彼らには名前はなかった。命名権は私にある。いったん決めたら生涯その名で呼ばれるわけで、人格形成にもかかわってくるであろうから、名前をつけるというのは人間の赤ん坊にしろ犬や鳥にしろパソコンにしろ結構悩むものであろうが、実際は大して悩まなかった。

当時、私はクッキー作りにはまっていた。そして今にも死にそうにくったりとした、クリームのような白い子猫の、耳としっぽの薄茶色の毛を見た私の鼻には、すぐに甘くちょっと鼻の奥がスンとするようなシナモンの香りがひろがったのである。よし、白い子猫の名前はシナモンにしよう。おいしそうじゃないか。それにかわいい。我ながらセンスのよいネーミングだ。フハハハハ…。
さて、元気で丈夫そうな三毛猫のほうはどうしようか。2匹いるなら双子みたいに韻を踏みたいな、やっぱり。シナモンはひょなひょなしていて西洋の優男って感じだけど、三毛猫のほうはがっしりしていて模様もしっぽの形も日本男猫って感じだからモンで韻を踏んで伊右衛門とか五右衛門とか弥右衛門とか吉右衛門とか佐右衛門とか…うん、ゴエモンだな、やっぱり。天下の大泥棒だ。ルパン三世の五右衛門も井上真樹男の声がかっこいいしな。クールな剣士だ。
うん、シナモンとゴエモン。すばらしい。キマッタ…。と悦に入ってる私に対し、親はシナモンなんて女の子みたいだとかゴエモンなんて釜ゆでにされちゃうよとかなんとか言っていた。
無視した。

こうしてめでたく子猫の名前はゴエモンとシナモンに決まりました。

photo by くろ

猫育て/授乳編

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家に子猫をつれてきてから、まずしたことは巣作りだった。
中くらいの大きさのダンボール箱を探しだしてきて、中に新聞紙と古い布を敷く。夏なので保温処置はこれくらいで充分だろう。

ゴエモンはハイハイすることができたが、シナモンはまだ腰がすわっていなかった。目はどちらもあまり見えていないらしい、まぶたは少し開いているが、眼球は乳白色の幕がおおっていているような感じで濁った青色に見える。
とりあえずダンボール箱に2匹を入れる。そこらに置いておくと踏みつぶしてしまうかもしれないし、ゴエモンはハイハイをしながら、人の手の届かない本棚の裏などに入ってしまうかもしれないからだ。

次は授乳だ。
子犬子猫兼用の哺乳ビンにはゴムの吸い口が大小二つついていた。カッターで二つの吸い口に十字に切り込みを入れる。はずだったが小さい吸い口のほうのは切り方を失敗して子猫が吸わなくてもミルクが垂れてくるほど大きい切れ目になってしまった。
まあミルクが出ないよりはいいだろうと、気を取り直して煮沸消毒をする。
次に粉ミルクをビンに入れ、人肌よりちょっと熱めの湯を入れて吸い口のついたフタを閉め、ビンを振って粉ミルクを溶かす。
なんだ、簡単ではないか。

ひざにタオルを敷いて2匹の子猫をのせ、哺乳ビンの吸い口を子猫たちの小さな口にくっつけた。
ゴエモンは大きいほうの吸い口をくわえると、チュッチュとリズミカルにミルクを吸いはじめた。よしよし、おりこうさんだぞ。
シナモンは小さいほうの吸い口をくわえ…ることができずに口をもがもがとしている。なぜ吸えないのだおまえは。しかたがないので吸い口から自然にミルクが垂れるように哺乳ビンを構えなおす。ミルクがシナモンの口に垂れると、ぴちゃぴちゃとなめはじめた。よかったよかった。吸い口の切り方を失敗したのは天の采配だったのであるな。
こうして初めての授乳は無事?に終了した。

後日談/シナモンが哺乳ビンの吸い口をくわえてチュッチュとミルクを吸えるようになる日は、ついに訪れなかった。それどころか吸い口をガジガジと噛んで飲むようになった。なんて不器用なんだろう。これが哺乳ビンではなく母猫の乳首だったら…シナモンはぶっとばされて、ミルクももらえずにのたれ死んでいたかもしれない。

photo by くろ

猫育て/排泄編

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子猫が哺乳ビンでミルクを飲む姿はなめまわしたくなるほどかわいいが、実際、シナモンは口のまわりだけではなく、あごからお腹までミルクまみれになってしまったので、なめまわしてきれいにしてあげる必要がある、が、やはりなめまわすことには抵抗を感じるので、濡れタオルでふくだけにする。
子猫はまだ手のひらサイズなので簡単である。特にゴエモンはほとんどミルクをこぼさなかったので、口のまわりをふくだけで済んでしまった。
しかし、なぜなめまわすことに抵抗を感じたのだろうか。振り返ってみると別になめまわしても汚いとも思わないのだが、そしてもし私が3歳とか4歳とかだったら、実際になめまわしていただろうとも思うが、もう12歳にまで成長してしまっていたので、こうした行為が人間として何かを失うのではないかといったつまらない常識に支配されかかっていた結果なのかもしれないと思い、では現在こうした状況におかれたらどうするかというと、猫をなめると毛が口に入ってしまって気持ちが悪いということを知っているので(経験による知識)、やはり濡れタオルでふくであろう。

さて、これで終わりではない。育猫書には授乳したあとには排泄をさせよと書いてある。
赤ちゃん猫は自力では排泄することができないのである。母猫は授乳後に子猫の全身をなめまわすらしい(子猫がお乳臭くなるからかなぁ)、お尻周辺をなめられると子猫は尿意・便意をもよおす、で母猫は(何となく臭いなと思うのかなぁ)その時におしっこやうんちもなめとってしまうのだそうだ。
しかし母猫がいない場合は飼い主が代役を務めなければならない。しかし育猫書には「飼い主が代わりになめとってあげなさい」とは書いてはなかった。
助かった。

で、母猫の舌の代わりに、脱脂綿やガーゼなどをぬるま湯で濡らして軽く絞り、お尻周辺を軽くポンポンとたたきながらなでて刺激しました。と、ほんとうに出ましたね。チチチッとおしっこが。ちょっぴりだけ。うんちはというと、これも薄茶色のゲル状のものがタリッと出ただけで、どちらも脱脂綿でひとふき。

はっきりいってこの一連の儀式は非常におもしろかったです。

photo by くろ

猫育てほぼ終了編

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この一連のおもしろい儀式は6時間おきに、あと2〜3週間はやらなければならない。
まだ学校はあるが期末テストも終わって半ドンだし、あと2〜3日もすれば夏休みという時期だったのでどうにかなった。学校で友達に「子猫を育てている」と言ったらすごくうらやましがられた。授業中(というかテストの返却と答え合わせとか、大掃除とかだけだったけど)は上の空、ゴエモンとシナモンが死んじゃってないかどうか心配でたまらなかった。学校が終わると一人ですっとんで帰った。ふだんだったら友達とちんたら帰るのに。
前の年までは夏休みには必ず海や山に2泊3日くらいで旅行に行っていたが、この年はどこにも行かずに子猫育てに専念した。友達が子猫を見にくると、いじられすぎて死んじゃうんじゃないかと、ちょっと心配したりもした。

夏休みが終わるころにはゴエモンもシナモンもちょっとは猫らしくなり、ちっちゃな歯も生えて離乳食も食べられるようになり、トイレも自力でできるようになった。
うっ…、でも、そのときの離乳食って、実はチーズを小さくやわらかくしたものとか、カマボコみたいな魚のねりものを細かくしたやつとかだったぞ。今から思えば、塩分の摂り過ぎだし、体にわるそうな保存料とか合成着色料とかが入ってたんじゃないか! ああ、なんてバカなことを! ゴエモン、シナモン、ごめんよ!

トイレトレーニングも拍子抜けするほど簡単だった。ハイずりまわるだけじゃなくて、腰が据わってぴょんぴょこ歩けるようになったら、巣であるダンボールにトイレットペーパーを重ねて敷いておく。そこにおしっこをしたら、子猫用トイレの片隅におしっこつきペーパーを置く。次に、猫らが食事を終えてしばらくした後にモゾモゾしだしたら、すかさずトイレに入れた。トイレに入れられると、おしっこのついたペーパーをスンスンして、すぐにそのそばでチーをした。それからあとは、ちゃんと自分でトイレに行ってチーしていたのだ。ふふふん! はっきりいって、ゴエモンもシナモンも一発で覚えて天才! だったなぁ。猫ってみんなそういうものか?

ちなみに、そのときの子猫用トイレって、実は洗った食器を入れておくプラスチック製のカゴだった。おまけにトイレ砂もなくて、新聞紙を敷いた上に、トイレットペーパーを小さくちぎって置いておいたというシロモノである。でも、当時は新聞紙を細長く切ってトイレ砂代わりにするっていうのが、けっこう一般的だったような気がする。私は、新聞紙だとインクが写って猫の毛がネズミ色になっちゃいそうだから、メインをトイレットペーパーにしたけど。

う〜ん、今思い返してみると、かわいそうな育て方したんじゃないか?私は。うう、すまん。ほんとうにスマンです。つくづく反省。

photo by くろ

ゴエモン、ティッシュでチー事件

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ゴエモン生後約1ヶ月半ほどのある日のこと。

夕食が済み居間でテレビを見ながら一家団欒していると、ゴエモンがぴょんとティッシュの箱に飛び込んだ。
ティッシュの銘柄は覚えてはいないが箱は紙でできていて、楕円形の取り出し口にはビニールははってなかった。
ゴエモンは箱の中でしばらくモゾモゾとしていたが、やがてティッシュの取り出し口から頭だけをひょこりと出した。小さな耳をナナメ後ろに倒し、うっとりと目を細めている。
ティッシュがふかふかであったかくて気持ちがいいんだね、なぁんてかあいいんでしょ、とみんなでほくほくと眺めていた。
しばらくするとまた頭を箱の中にひっこめて、何やらごそごそしはじめた。
なんか怪しい。
イヤな予感がしたのでゴエモンを片手でつかみ強引に箱から出して中をのぞいてみると、なんと。ぬれている。そうか、あの表情はやはり恍惚の至福トイレの表情だったのか。

ティッシュは箱の中にまだ3分の2ほど残っていたのだが、そのうちのさらに2/3がぬれてしまっていてもったいなかった。
しかし、あまりにもかわいかったので叱る気にもならず、いちおう「ティッシュの箱はおトイレじゃないんだから、ここでおしっこしちゃだめだよ」と戒めただけに終わった。

以後、残念ながらゴエモンが再びこのかわいい過ちを犯すことはなかった。それは戒められたからではなく、みるみる成長してティッシュの箱に入れなくなってしまったからだと思う。

photo by くろ

ゴエモン、しっぽ吊り事件

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またまたゴエモン、幼少時代のこと。

居間のどこかでぴゃーぴゃーという鳴き声が聞こえる。テレビ方面からである。テレビに近寄ってみる。
確かにぴゃーぴゃーと鳴いているがテレビが鳴いているわけではないだろうと思い裏側をのぞいてみた。
いた。
電気コードにしっぽでぶらさがっていた。
これはとてもおもしろい。と同時にとても危ない。

ゴエモンのしっぽは短く、ほぼ中央で140度くらい曲がっていて、しかもさらに先っぽが160度くらい曲がっているダブル曲がりの鉤しっぽである。
かっこよくいえばボブテイルというやつか?
で、歩いたり走ったりしていると、これが実によくいろんな物にひっかかる。
今回のようにしっぽが電気コードにひっかかって宙ぶらりんになって鳴いていることはしょっちゅうだった。とすれば、いずれぶらさがったまま誰にも気づかれずに日干しになってしまうかもしれないし、電気コードが抜けかかって感電死してしまうかもしれないではないか。

と心配してはいたもののそんな悲劇は起こらず、でっかく成長してからも元気に電気コードにしっぽをひっかけていました。

photo by くろ

ルビーの受難

s10ゴエモンとシナモンが我が家にくる1年前から、うちにはルビー(♀)とルル(♂)という白文鳥がいた。たしか、マンションに引っ越すときに、いとこから贈られたのだと思う。鳥かごを買いにいったことは憶えている。スタンド付きの、銀色のまあるいきれいなカゴだった。
ルビーとルルは手乗りだったので、私は学校から家に帰ってくると2羽をカゴから出してやった。休みの日には、カゴごとベランダに出して日光浴をさせた。手乗り文鳥というのはとてもかわいいもので、私の肩に乗って移動したり、私の口にくちばしをつっこんで食べ物を食べたり、ジュース飲んだりするのである。洗面器に浅く水をはっておくと、そこで水浴びをする。小鳥の頭を嗅ぐと、なんとなくカレーなカンジの匂いがする。ほんとうにかわいい。ただ、あちこちにフンをするのが困りモノである。

2羽は我が家のアイドルだった。なのに、あろうことか、小鳥の強敵である凶暴な猫が2匹も我が家にやってきて、しかもアイドルの地位まで奪われてしまったのである。そのときの彼らの心はどんなに荒れ狂っていたであろうか。
でも、実はゴエモンやシナモンが小さいときには、ぜんぜん脅威ではなかったと思う。アップライトピアノの上や食器棚の上や本棚の上にルビーとルルがとまっていても、猫らはぜんぜん手がでない。のぼれないのだ。ジャンプもろくにできなかったから。手の届きそうなところにいる!と思って飛びついてみても、相手はなんと宙を飛んでいってしまう。はっきりいって、ルビーとルルが猫らをからかう、といった状況だった。
しかし、猫らは日に日に成長する。どんどん、どんどんでっかくなって、ついにはスタンドに吊るしてある鳥カゴにもダイレクトにジャンプできるようになってしまった!
幸い、ゴエモンもシナモンも本気で鳥カゴを落とそうとしたことはなかった。でも、危険なので、鳥と猫を同時に解放することはなくなった。一日に1〜2時間だけ、猫らを私の部屋に閉じ込めて、鳥たちを居間に放していた。でも、それも何年かたつにつれて、週に1〜2時間だけとか、ほとんどカゴから出さないという状況になってしまった。

ルルは残念ながら2年足らずで死んでしまった。過去にも何羽か小鳥を飼ったが、♂はすぐに死んでしまう。なぜだろう。
ルビーは8年ほど生きた。晩年はあまりかまってあげなかったけど、カゴから出せばすぐに頭や肩に乗ってきてくれた。
もっとたくさん、せめて猫らと同じくらいには、かまってあげればよかったのに…ごめんね、ルビー。

photo by くろ

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***** ねこちか***** Wayちゃん

by 彦すけあ










































































































































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